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広島地方裁判所 昭和43年(ワ)22号 判決 1968年10月09日

原告

長谷川哲二

被告

株式会社さくらタクシー

ほか一名

主文

被告株式会社さくらタクシーは原告に対し、七七万円及びこれに対する昭和四三年一月一三日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告及び被告株式会社さくらタクシーの支出したものを二分し、その一を原告の、その一を右被告の負担とし、被告波津見勝人の支出したものを原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し、各自二二〇万円及びこれに対する昭和四三年一月一三日から右支払済にいたるまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は薬剤師であり、被告会社はタクシー業を営む株式会社であり、被告波津見は被告会社に雇傭されている運転者である。

二、原告は、昭和四二年四月三〇日午後二時三〇分ごろ軽自動二輪車に乗車して、広島市舟入川口町方面から同市江波町方面に向けて時速約三〇キロメートルの速度で南進し、同市舟入南町二の五一石橋クリーニング店前交差点を右折するべく右交差点から三〇ないし四〇メートル前方で後方を確認したところ、右折の妨げとなる後続車を認めなかつたので、速度を時速約五キロメートルに減速し、かつ方向を指示して進行し、右交差点において、右折の態勢に入つたが、右態勢が完了した直後、被告波津見の運転する被告会社所有の普通乗用自動車(広五う第七三九九号)が、原告車両に激突し、原告は右衝突事故により左後頭部挫傷兼左前頭骨左後頭骨骨折兼頭蓋内出血、嗅覚脱失の各傷害を負い、右受傷時から同年七月三一日まで入院加療を続け、現在通院加療中であるが、頭蓋内に重圧感を覚えるほか嗅覚脱失の後遺症を生ずるに至つた。

三、本件事故は被告波津見が前方注視及び徐行義務を怠つた過失に基づくものであつて、原告は前記のとおり、右折するにつき極めて慎重な行動をとつたものであるから原告には何らの過失もない。

四、原告は本件事故により次のとおりの損害を受けた。

(一)  慰藉料 原告は昭和一四年京都薬学専門学校卒業の薬剤師として、本件当時は他薬局に勤務中であつたが、右当時既に独立して薬局を経営すべく準備中であつたところ、嗅覚脱失の後遺症を生ずるに至つたことは家族三人を抱えた原告にとつて致命的な打撃であり、その精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇万円をもつて相当とする。

(二)  弁護士費用 原告が本件訴訟を遂行するため委任した弁護士に支払う報酬等は本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきところ、その相当額は請求認容額の一〇パーセントすなわち二〇万円をもつて相当とする。

五、よつて、原告は被告らに対し、各自二二〇万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和四三年一月一三日から右支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。同第二項の事実中、原告主張の日時場所において、被告波津見の運転する普通乗用自動車と原告の運転する自動二輪車が接触事故を起こしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同第三、第四項の事実は争う。すなわち、本件事故の状況は次のとおりである。

本件当時、原告車両は道路左側端を、被告車両はそのやや後方の道路中央寄りを同一方向に進行していたところ、原告車両は急に右折態勢に入りかけ、その際後方の被告車両に気づき、右折をやめて直進し始めたので、被告波津見も原告の右折態勢を見ていつたんブレーキをかけていたのをゆるめてそのまま進行中、原告車両は再び被告車両の直前で右折し始めたので、被告波津見は危険を感じて急ブレーキをかけると同時にハンドルを右に切つたが間に合わず、原告車両の右側マフラーに被告車両の前部バンバーの左側が接触したものである。

右の状況からすると、本件事故は原告が道路交通法において定められた通行方法及び右折の際の合図(同法第三四条第三項、第三七条第一項、第五三条第一項)の義務を怠つた過失に基づくものであり、さらに原告が本件事故において、原告主張の傷害を負つたとするならば、それは原告が同法第七一条の二に違反し、自動二輪車に乗車中、ヘルメツトを着用していなかつたことに基因するものである。

二、要するに、本件においては、被告らは自動車の運行に関して、注意を怠らなかつたものであり、さらに自動車にも構造上の欠陥または機能の障害がなかつたものである。

〔証拠関係略〕

理由

一、被告会社がタクシー業を営む株式会社であり、被告波津見が被告会社に雇傭された運転手であるところ、原告主張の日時場所において、原告運転の軽自動二輪車と被告波津見の運転する普通乗用自動車(広五う第七三九九号)が衝突事故を起こしたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四二年四月三〇日午後二時三〇分ごろ軽自動二輪車に乗車して、広島市舟入川口町方面から同市江波町方面に向けて南進し、同市舟入南町三丁目五八番地先の交通整理の行われていない交差点において、右折しようとした際、原告車両の後方を被告会社の営業のため、南進していた被告会社の運転者波津見の運転する普通乗用自動車(広五う第七三九九号)が、原告車両の右側マフラー部分に、被告車両の前部バンバー左側部分において衝突し、原告は右事故により後頭部挫傷兼左前頭骨骨折兼頭蓋内出血の傷害を負い、右受傷時より同年七月三一日まで入院加療、同年八月一日から同年九月二八日まで通院加療を続けたが、嗅覚喪失の後遺症を生ずるにいたつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、本件事故発生の具体的経緯につき、〔証拠略〕によれば、前記原告の主張にそう部分が認められ、他方〔証拠略〕によれば、前記被告の主張にそう部分が認められるが、右各証拠が、原告、被告及びそれぞれ原告、被告側に立つと認められる各証人の供述等を主たる内容とするものであり、殊に甲第一号証(実況見分調書)記載の本件衝突地点が血痕、スリツプ痕等物的証拠によるものでなく、被告波津見の指示説明によるものであることからすると、右各証拠はいずれも他の証拠との対比においてこれを全面的に措信しがたく、他に本件交差点における衝突地点、本件各車両の進路進行速度、原告車両の右折方法等本件事故発生にいたる具体的状況につきこれを認めるに足る証拠はなく、結局本件は、全証拠によるも、前記認定にかかる事実のほかはこれを認めるに由なきものといわざるをえないのである。

二、被告らの責任につき、検討する。

(一)  被告波津見が被告会社に雇傭された運転者であり、本件事故当時右会社の営業のため本件自動車を運行させていたものであることは前記のとおりであるところ、原告は本件事故につき、被告波津見に民法第七〇九条の過失責任がある旨主張する。

前記一記載のとおり、本件事故発生にいたる具体的状況が明瞭でなく、前記事実の認定にとどまる本件においては〔証拠略〕によつて認めうる本件各車両の損傷の程度、前記原告の受傷の程度からして、原告車両の右折の仕方によつては、本件事故の発生につき、被告波津見に過失があるとは断定しがたい場合も想定されうるとしても、本件事故発生にいたる具体的状況が明瞭でない本件においては、被告波津見の過失の有無は証拠上不明であり、したがつて、被告波津見に過失があつたものとはいいがたく、被告波津見は原告に対し、本件損害賠償責任を負わないというべきである。

(二)  前記認定のとおり、被告会社は被告波津見を雇傭し、本件自動車をその営業のため、運行せしめていたものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者に該当する。

そして、被告会社は、被告会社及び被告波津見は本件自動車の運行に関して注意を怠らず、かつ右自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつた旨主張するところ、〔証拠略〕によれば、被告車両に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことはうかがえるが、前示のとおり、被告波津見の過失の有無は識拠上不明なのであるから、結局被告波津見が本件事故につき注意を怠らなかつたとはいえない。したがつて、被告会社は前記法条但書の免責を受けえないものといわざるをえない。

三、原告の損害について検討する。

(一)  慰藉料 原告の前記受傷の部位程度、後遺症、年齢等一切の事情を考慮すると、原告の受くべき慰藉料は一〇〇万円をもつて相当とする。

(二)  弁護士費用 本件訴訟の提起及び遂行にあたつた弁護士に対する報酬等は本件事案からして、原告の本件損害を回復するための必要経費というべきところ、右必要経費の額は本件事案の難易性、本件認容額等を考慮すると、一〇万円をもつて相当とする。

ところで、前記のとおり、本件事故発生にいたる具体的経緯は必ずしも明確ではないが、かりに、右が原告主張のとおりであつたにしても、車両が交通整理の行われていない交差点を右折する場合には、他の車両等の動向に十分注意すべきところ、〔証拠略〕によれば、原告は右折態勢に入る一〇ないし二〇メートル手前において後方を確認した際、被告車両が進行してきているのを認めたが、右折に支障のないものと判断して、右折態勢に入つた旨供述しているが、前記認定のとおり、本件交差点において、被告車両の左前部バンバー左側部分と原告車両の右側マフラー部分が衝突したことからすると、被告波津見の本件交差点における徐行及び前方注視義務違反を考慮しても、なお原告においても、本件右折につき、少くとも、被告車両の動向、車間距離に応じた適切な判断と行動を欠いた落度があつたものというべく、右落度は本件損害賠償額を定めるにつき、斟酌すべきであるから、これを斟酌すると、本件損害賠償額は七七万円をもつて相当とする。

以上の次第で、被告会社は原告に対し、本件損害賠償として、七七万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和四三年一月一三日から右支払済にいたるまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるが、原告のその余の請求は失当である。

よつて、以上の限度で原告の本訴請求を認容、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川茂治 北村恬夫 篠森真之)

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